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東京地方裁判所 平成9年(モ)3857号 決定 1999年3月31日

《住所省略》

申立人(本案事件被告)

山地進

《住所省略》

近藤晃

《住所省略》

利光松男

右3名代理人弁護士

手塚一男

矢島匡

《住所省略》

被申立人(本案事件原告)

久慈力

主文

被申立人は,申立人らのために,平成8年(ワ)第25028号損害賠償請求事件の訴えの提起に係る担保として,この決定の確定した日から14日以内に,それぞれ1000万円を供託せよ。

事実及び理由

第一申立の趣旨

被申立人は,申立人らのために,平成8年(ワ)第25028号損害賠償請求事件(以下「本件株主代表訴訟」という。)の訴えの提起について相当の担保を提供せよ。

第二事案の概要

一  申立人らは,日本航空株式会社(以下「日本航空」という。)の代表取締役又は取締役であり,被申立人は,同社の株主である。被申立人は,申立人らに対して,本件株主代表訴訟を提起した。

本件は,申立人らが被申立人に対して本件株主代表訴訟について相当の担保を提供するように求めた事件である。

二  本件株主代表訴訟の骨子は,次のとおりである。

1  日本航空は,米国ハワイ州ホノルル市において100パーセント出資による子会社OCEAN CLUB DEVELOPMENT COMPANY,INC.(以下「OCEANCLUB」という。)を設立した上,同社をして,その出資割合を75パーセントとして米国開発会社との共同出資により合弁会社 1250 OCEANSIDE PARTNERS(以下「OCEANSIDE」という。)を設立させた。

2  日本航空は,孫会社であるOCEANSIDEを通じ,カイルア・コナ市近郊において「ビレッジ・アト・ホクカノ」と称する大規模なリゾート開発の計画(以下「ビレッジ・アト・ホクカノ計画」という。)を策定し,平成2年4月ころ,右計画の遂行のために620ヘクタールの用地を取得した。

しかしながら,ビレッジ・アト・ホクカノ計画は,その遂行により,計画用地に隣接する国立海洋生物保護地区であるケアラケクア湾を汚染し,先住民の生活を破壊し,もって先住民団体や自然保護団体による反対運動を引き起こしているのみならず,同計画による住宅用地の開発について,ハワイ州計画局からハワイ郡政府に対し,経済的にも法的にも成り立たない旨の勧告が出されていること,すでに当初の計画による地目変更に失敗するなど計画完成に必要な許認可の大部分がとれていないこと,バイパス道路の建設など多額の公共サービス費が必要となること,住宅用地の売却予定価格が高額であるため,採算のとれる価格で販売することは困難であること,バブル経済の破綻によりリゾート開発に対する需要も落ち込んでいることなどの諸点から見て,今後計画が順調に進行する可能性は皆無である上,すでに行い,これから行う予定の巨額の出資の回収は困難であり,事実上破綻している。

3  申立人らは,前記のとおり,成功する可能性のないビレッジ・アト・ホクカノ計画を立案し,立案するに当たって,計画予定地の自然環境や社会環境を十分調査しなかった上,計画のパートナーとしてゴルフ場開発で不正行為を行ったことのある米国開発会社を選択し,また,計画遂行が困難であることが判明したにもかかわらず,あえて強行し,もって同計画の遂行により日本航空の社会的国際的信用を傷つけたほか,同社に多大の損害を被らせたものであり,すでにOCEAN CLUBに対して出資した52億余円から転売による担保価値30億円を差し引いた22億6173万8000円が損害として発生している。

4  申立人らの右行為は,善管注意義務(商法254条3項,民法644条)及び監視義務(商法266条1項5号)に違反する。

三  申立人らの主張の要旨

1  本件株主代表訴訟は,被申立人が全てのゴルフ場建設に反対するという自らの個人的主義・主張に基づいてビレッジ・アト・ホクカノ計画に対する反対運動の一環として提起したものである。

被申立人は,平成6年9月ころから,日本航空に対し,同計画の中止を求める要請文を提出するなどの抗議行動を行い,平成8年1月には日本航空の株式を取得し,以後は株主としての地位を背景に同計画の中止を求めるようになった。

2  被申立人は,日本航空関係者らとの面接などを通じてビレッジ・アト・ホクカノ計画の全体の経過及び現状を把握しているにもかかわらず,次のとおり事実に反する主張をするものである。

ビレッジ・アト・ホクカノ計画は,ハワイ州ハワイ島の西海岸における総面積約190万坪を予定地とし,ジャック・ニクラウスの設計による27ホールのメンバーシップゴルフ場の建設,730区画の住宅ロットの開発及び80室のメンバーズクラブロッジの建設などを内容とするリゾート開発計画である。同計画は,平成2年4月及び翌3年10月にOCEANSIDEにより,計画土地が買収された後,ハワイ郡当局に開発計画に必要な環境影響報告書が提出され,平成5年10月8日,ハワイ郡当局に正式受理された。その後,OCEANSIDEは,平成5年11月に27ホールのゴルフ場の使用許可を取得した後,同6年6月及び同8年1月に730区画の住宅ロットの用途地域指定変更許可を,同9年3月に80室のメンバーズクラブロッジの用途地域指定変更許可等をそれぞれ取得し,同計画の遂行に特段の障害はない。また,ビレッジ・アト・ホクカノ計画のパートナーである会社がゴルフ場開発で不正行為を行ったとする被申立人の主張は,真実ではない。

3  本件株主代表訴訟は,ゴルフ場建設の反対運動の手段として提起されたものであり,株主代表訴訟の趣旨,目的を逸脱し,正当な株主権の行使とは到底認められず,悪意に出たものである。

四  被申立人の主張の要旨

1  株主代表訴訟は,株主による取締役に対する統制手段であり,取締役の任務懈怠や違法行為に対する填補的機能や抑止的機能をもつものであって,商法267条5項,6項にいう「悪意」に出た提訴とは,いやがらせ,不当な個人的利益の追求,取締役に対する私怨による提訴や法律的根拠を有しない提訴などをいうが,本件株主代表訴訟はいずれにも該当しない。

2  本件株主代表訴訟は,ビレッジ・アト・ホクカノ計画の誤りを指摘し,日本航空の経済的損失を食い止めようとするものであって,株主の利益を守るための正当な行為であり,他の株主や従業員からも支持されている。また,被申立人が日本航空の株主になる前からビレッジ・アト・ホクカノ計画に関して日本航空に対して働きかけをしてきたのも,同様,会社に多大な損害を与えている同計画の中止を訴えたものであり,株主の立場を逸脱するものではない。被申立人が国内外においてゴルフ場の建設問題に取り組んでいたことをもって悪意を推認することはできない。

なお,申立人が被申立人の著作物や運動歴などに言及し,被申立人の主張や行動を論ずることは,思想信条に対する差別であって憲法違反である。

3  ビレッジ・アト・ホクカノ計画は,ハワイ郡政府に対して中止の嘆願書が提出され,同計画による開発の許認可について複数の裁判が提起されるなど現地住民団体による反対運動が起こされて開発行為が事実上中断している上,日本国内においてもいくつかの環境団体から中止を求める運動が起こされていることから明らかなように,すでに挫折し,同計画によって日本航空の信用は,国内的にも,国際的にも失墜し,すでに提訴額以上の損害が発生している。

第三当裁判所の判断

一  株主代表訴訟における担保の制度は,株主代表訴訟の提起により,取締役又は監査役が応訴を余儀なくされることに伴う損害を担保することを目的とするものである。一方,被告とされた取締役の申立てにより常に原告に対して担保を提供させるとすれば,原告の正当な権利行使を制限することになりかねないから,担保の申立てをする者に訴えの提起について悪意の疎明を要求したものである。

このような趣旨に照らすと,代表訴訟の提起につき,正当な株主権の行使とは相容れない不法不当な目的があるなど法律の目的を著しく逸脱した目的を有する場合は,悪意に基づく提訴として担保提供を命じることができるというべきである。

二  一件記録及び審尋の結果によれば,以下の事実を認めることができる。

1  被申立人は,日本航空に対し,平成6年9月20日付けで,ゴルフ場建設反対運動の一環としてビレッジ・アト・ホクカノ計画の中止を求める要請文を提出した後(疎甲二),同年11月中旬には,日本航空ホノルル支店前でのデモ行進及び環境庁記者クラブにおける記者会見を予定するなどして同計画の中止を迫り(疎甲五),翌7年4月末にも日本航空本社前で同計画に対する抗議行動を行った(疎甲六)。被申立人は,平成8年1月に日本航空の株式を取得した後は,株主として,日本航空に対し,同年4月26日付けでビレッジ・アト・ホクカノ計画の中止を求める要請文(疎甲八)及び同計画の概要,将来の見通し,自然環境に対する影響などについての質問状(疎甲九)を提出し,これに対して,日本航空から同年5月20日付けの回答書及び資料を受け取りながら(疎甲一〇),さらに同年8月30日付けで日本航空取締役に対して右計画の根本的な見直しを迫る通告書を提出し(疎甲一一),同年9月13日付けの日本航空からの回答書によって同計画における開発に必要な許認可の大部分がすでに取得されており,順調に進行しているとの説明を受けた(疎甲一二)。

2  被申立人は,日本航空から情報を取得すること及び株主代表訴訟を提起することを目的として日本航空の株式を取得したものであり(疎甲三),現に本件株主代表訴訟について,ビレッジ・アト・ホクカノ計画を阻止するために提起したことを自認している。

3  被申立人は,本件株主代表訴訟において,前記のとおり,ビレッジ・アト・ホクカノ計画が周辺の自然環境を破壊するおそれがあり,現地住民らによる反対運動などによって成功する可能性がないのに立案し,しかも,計画予定地の自然環境や社会環境を十分調査しなかったなどと主張するが,これを裏付けるに足りる証拠を提出しない。かえって,日本航空は,ビレッジ・アト・ホクカノ計画を実現するために必要な計画用地を確保するとともに,すでに開発計画に必要な環境影響報告書を提出した上,ゴルフ場の建設に関する使用許可などの開発に必要不可欠で許認可権者の自由裁量の幅が大きい裁量的許可事項についてはすでに取得している。

また,被申立人は,ビレッジ・アト・ホクカノ計画のパートナー企業会社としてゴルフ場開発で不正行為を行った米国開発会社を選択したと主張するが,これについても裏付ける証拠を一切提出しない。

三  これらの事実に照らせば,被申立人は,ゴルフ場の建設を反対する個人的な主義主張を貫くための反対運動の一環としてビレッジ・アト・ホクカノ計画を阻止する目的のもとに,本件株主代表訴訟における請求原因事実について,これを裏付ける十分な根拠のないことを知り,又は当然知り得たというべきであるにもかかわらず,十分な資料の収集や調査をしないまま,あえて本件株主代表訴訟を提起したものといわざるを得ず,株主としての正当な権利行使とは到底いうことができない。したがって,被申立人の本件株主代表訴訟の提起は,悪意に出たものというべきである。

なお,株主代表訴訟が,当該会社の株主全体の利益を守るためではなく,単なる個人的な主義主張を達成することを企図して提起された場合については,たとえ当該会社の社会的責任の矯正や追及という目的を有し,公益に適うものであると評価できる場合であっても,株主代表訴訟の目的を逸脱したものであるということができる。株主代表訴訟は,取締役等の会社に対する責任を追及し,もって会社の損害を回復して株主全体の利益を守ることを目的として設けられた会社法上の制度であって,社会公益を守ることを直接的な目的とするものではないからである。

四  よって,申立人らの本件申立ては正当であり,一件記録に顕れた諸般の事情を考慮して,主文記載のとおり,その担保額を定め,担保の提供を命じる。

(裁判長裁判官 門口正人 裁判官 近藤昌昭 裁判官 竹下雄)

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